情けは人の為ならずの意味についてを心理学的に考察

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どうもこんばんは、三吉祐司です。

今日は国語のお話といきたいが、やっぱり心理学のお話です。

皆さんは、【情けは人の為にならず】の意味を正しく理解しているだろうか?

文化省の世論調査によると、半分の人が正しい意味を知っていたが、半分の人が間違った解釈をしていたとある。

つまり、情けは人の為にならずというのはそれだけ分かりにくい言葉なのである。

では情けは人の為にならずを分かりやすく変えよう。


人に情けをかけると自分の為になる。

非常にシンプルである。

自分の為になる二つの理由。

1.何らかの見返りがある場合もある

ほとんどの方が思い浮かべるのはこちらである。

もちろん必ず見返りがあるとは限らないし、メリットがこれだけなら人に情けをかける必要はないのだが、情けをかけることで確実なメリットもあるので次で説明しよう。

2.情けをかけることで精神的に余裕がうまれ、幸福度が上がる

こちらは確実に自分のメンタルに良い影響をあたえるといった意味でやった方が良い。

例えば自分もお金がないけど少額の寄付をしたとか、ご飯をおごった場合。「あれ?俺いがいとお金あるんじゃね?」って脳が錯覚する。

そうすれば実際はペペロンチーノばっか食べる節約生活でも不思議と金銭的な不安が減って幸福感が上がる。

それと、自分も悩みがあるが他人の悩みを聞く。

これは悩みの共有によって自分のメンタルを癒す効果もあるし、「他人の悩みを聞いてやれるなら自分まだまだ余裕あるんじゃね」って脳が錯覚する場合もある。

ただし、本当にお金がなさすぎる時に寄付なんかしたら生活出来なくなって困ることになるので考えものではあるが。

といった感じで、心理効果によって得られるメリットがあるので情けは人にかけるべきなのである。

ただし、メンタルが改善して、たまたまお返しを貰えたらラッキーくらいに思おう。

ハッキリ言うがそれ以上の効果はないし、これから説明する考え方の人にはデメリットになってしまう。

最初から見返りを求めているなら意味がない。

見返りというのは必ず帰ってくるものではないし、そんな事に一喜一憂する人なら人に情けはかけない方がいい。

よくいるのが、恩をあだで返されたとほざくアホたれがいるが、そんな奴はまあカナブンと同じくらいのIQしかないと思っている。

【恩を仇で返された】も【裏切られた】もそうだが、勝手に期待して、期待通りに相手が動かなかっただけだ。

それでキレるなんて身勝手にもほどがありすぎてお尻にタイキックを食らわせてやるレベルだ。

感謝されない事も、お礼がない事もよくある。

そんな事はよくある事だしそもそも期待すべきではない。

他人はコントロール出来ない。

コントロールできるのは自分自身だけという事は忘れてはならない。

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